周杰倫 杰倫な生活@上海 ラブシーンを何とも思わないのか!?周杰倫よ!

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ラブシーンを何とも思わないのか!?周杰倫よ! 

 すさまじいタイトルでちょっとした比較記事
みたいなのが出てたわけですが。

"吴尊ジェリー周杰倫胡歌 ラブシーンを
何とも思わないスターたち"

...いちいちなんか思ってたら撮影なんか
できないじゃないかo(`ω´*)o

内容はそれぞれの皆さまが映画やドラマで
ラブシーンを撮ったときに、取り立てて何とも
思ってなかったらしいって話でした。

えっと、拍手コメいただいてびっくりしたんですが...
上海にいるんですか!?科技館って私はるばる古北から地下鉄に乗ってよく行ってました!!
戻れたとしてもたぶん3年から5年後になると思うんですよね...すれ違いそうな...(;´Д`A ```
台湾よりは面白くない(って台湾から上海に来た友達が言ってました)かもしれませんが、上海には
中華明星が大好きな奥さまたちがけっこういますから^w^  ←この段落完全に私信ですね

さてさて本文入りまして。

鳥の巣コンサート、オーケストラの演奏で"菊花台"を歌うとか古筝を弾くなんて話が出てますが、
周杰倫さまインタビューが出てたのでそっちで書きたいと思います(`・ω・´)ゞ
この10年を振り返る周杰倫さまの巻。

"記者 :この10年、どんなことが代表的なことだったと思いますか?
周杰倫:『TIME』の表紙になったことかな。当時よくTIMEの表紙になるのは簡単なことじゃないって
     言われたんだけど、僕は「でも単に1冊の英文雑誌じゃないの」って思ってたんだ。それと
     マダム・タッソーの蝋人形館のこと。外国人が僕のサイズを計って、型を取って、人形を
     作って。その時は何とも思わなかったけど、今になると華人としての記録を作れたんじゃ"
     ないかって思うよ。
     頭文字Dで金馬賞の最優秀新人になって、領域を超えて肯定してもらえたってことはすごい
     励みになった。『不能説的秘密』で、30歳前に監督するって夢が叶ったしね。
記者 :売れる前の数年はつらくなかったですか?絶対に売れてやると思っていましたか?
周杰倫:そのことについてははっきりさせたいんだけど、周りで言われてるようなことは違うんだ。
     僕がいちばんつらかったのは大学受験に落ちたこと。音楽系の大学に行きたかったから
     本当に努力してきたんだ。でも2回受けてだめだった。勉強の才能がないんだよね。
     そのあと後輩がオーディションに申し込んで僕がこの世界に入る機会をくれたんだ。

ちと長くなりそうなので一回切ります。

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